教皇フランシスコは、ローマ郊外オスティアで、コルプス・ドミニの伝統儀式を行われた。
6月3日(日)、多くの国のカトリック教会の暦は、「キリストの聖体(コルプス・ドミニ)」を祝った。
「キリストの聖体」の祝日は、「パンとぶどう酒の形色の下に復活して今も生きるイエス・キリストの現存」を称え、「聖体拝領において信者の霊的食物として与えられるキリストの御体と御血」を賛美する日。三位一体の主日の直後の木曜日に祝われるが、日本を含む多くの国のカトリック教会では、三位一体の主日から一週間後の日曜日に記念される。
教皇は今年の聖体の祭日を、ローマ市の西郊外、ティレニア海に面したオスティア地区でとり行われた。
オスティアで、教皇によるコルプス・ドミニのミサと、聖体行列、聖体降福式が行われるのは、今からちょうど50年前の、パウロ6世による儀式以来のこと。
地元の信者たちの喜びは大きく、聖体の祭日にイタリア各地でみられる、花びらを道に絨毯のように敷き詰める「インフィオラータ」を、聖体行列が到着する教会の近くに製作するなど、教皇への歓迎の意を表した。
夕方、オスティアに到着された教皇は、聖モニカ教会前の広場でミサを捧げられた。
教皇は説教で、聖体は「未来のパン」であると強調。
希望の欠けたところを満たし、夢を育む聖体は、神がわたしたちに賜れるであろうものを今から先立って示すもの、いわば「天国の予約」であると話された。
教皇は最後の晩餐を思い起こしながら、イエスはわたしたちのために「場所」すなわち地上の教会と天国を、またイエスご自身である「食べ物」を用意してくださったと指摘。
そして、イエスが、弟子たちに都に行くように言い、過ぎ越しの食事の準備をさせたように、今、イエスはわたしたち自身に、町の中に入り、それを用意するようにと招いておられると語られた。
「オスティア」という町の名は、「入口・扉」を喚起させることに触れつつ、教皇は人々が扉や門を開き、無関心の壁を打倒し、正義と法に基づく道を切り開き、広々とした海岸のように人生を生きるよう皆を招かれた。
ミサの後、聖モニカ教会から、ボナリアの聖母教会に向けて、1.2㎞ほどの道のりを、聖体行列が進んだ。
ボナリアの聖母教会前で聖体降福式を行われた教皇は、聖体顕示台を掲げて、オスティアの市民たちを祝福された。
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