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教皇フランシスコ \ 宗教行事

貧しい人のための世界祈願日:教皇「恵まれない人々を前に手を閉じてはならない」

「貧しい人々の日」のミサ、バチカンで - AFP

20/11/2017 13:33

教皇フランシスコは、「貧しい人のための世界祈願日」に、バチカンでミサを捧げられた。

11月19日、カトリック教会の「第1回貧しい人のための世界祈願日」が行われた。

教皇フランシスコは、「いつくしみの聖年」終了の翌年、2017年6月、最も貧しい、助けを必要とする人々へのキリストの愛を、全教会がより具体的に証しすることを願い、「貧しい人のための世界祈願日」の創設を発表。

同祈願日をカトリック教会の典礼暦・年間第33主日に記念することを定めると共に、助けを必要とする人々と出会い、友情や連帯を深め、具体的な支援の機会とすることを望まれた。

この日、聖ペトロ大聖堂でとり行われた教皇ミサには、恵まれない人々や、支援を必要とする人々ら約4000人と、ローマ市とラツィオ州や、世界各地の教区から訪れたボランティアの人々が参列、初回の貧しい人のための祈願日を共に記念した。

ミサの説教で教皇は、福音朗読箇所、「タラントン」のたとえ(マタイ25,14-30)を取り上げられた。

このたとえでは、ある主人が旅に出る前に、しもべたちに財産を預け、それぞれの力に応じて、一人に5タラントン、一人に2タラントン、もう一人に1タラントンを渡した。最初の二人は儲けを出し、使命を果たしたが、最後の一人は預かったタラントンを地の中に隠し、後でそのまま主人に返した。

教皇は、わたしたちは神からそれぞれの力に応じた賜物を預かっている、神の目にはわたしたち皆が才能を持っていると強調。

「それゆえ、誰もが自分を無用と思う必要はなく、何か他人に与えることのできるものを持っている」、「神はご自分のどの子をも大切にされ、一人ひとりに使命を託される」と話された。

預かったタラントンを地に埋めて隠しておいた三番目のしもべは、なぜ主人の気に入らず、「怠け者の悪いしもべ」と言われたのだろうかと教皇は問い、その原因を「怠り」と言う言葉で表現。

このしもべの悪いところは善を行わなかったことであり、自分は正しいと思い込み、悪いことを行なわないだけでは十分ではない、規則を守ることに留まり、神の愛に寛大に応えないことは、神にとって悲しいことと語られた。

貧しい人々に対する「怠り」も大きな罪であり、その罪の名は「無関心」であると、教皇は指摘。

貧しい人々を前に「自分には関係ない。社会のせいだ」と、助けを必要とする兄弟に背を向けがちな態度に注意を促された。

わたしたちが親しい人に贈り物をする時、その人が何を好むかを知る必要があるが、わたしたちが主に何かを捧げたい時、どうしたらよいかというヒントは福音の中にあると教皇は語り、「わたしの兄弟の最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25,40)というイエスの言葉を示された。

さらに、教皇はミサ中の第一朗読中の、「貧しい人には手を開き、乏しい人に手を伸べる」(箴言31,20)という態度に注目し、神の傷ついた体である、恵まれない人々を前に、手を閉じ、腕組みをしていてはならないと述べられた。

「貧しい人々の中にイエスがおられる。彼らの中、彼らの弱さの中に『救いの力』がある」

「世の目には貧しい人たちは価値がないように映っても、天国への道を開くのは彼らである。彼らはわたしたちの『天国へのパスポート』である」

「貧しい人々を愛するとは、霊的、物的な、すべての貧しさと闘うこと」

このように話された教皇は、「神と隣人を愛する」という、人生の一番の本質を思い出すよう信者らを励まされた。

ミサ終了後、参加者らの一部はバチカンのパウロ6世ホールで、教皇フランシスコと共に昼食を共にした。その他の参加者は、ローマ市内の神学院をはじめ、様々な場所で開かれた同様の昼食会に招かれ、関係者らと交流を持った。

 

20/11/2017 13:33