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バチカン放送局

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教皇フランシスコ \ 一般謁見・アンジェラス

「権威は、良い模範を示すことから生まれる」教皇、日曜正午の集い

教皇フランシスコによる日曜正午の祈り、11月5日、バチカンで - AFP

06/11/2017 12:09

教皇フランシスコは、バチカンで11月5日、日曜正午の祈りを信者らと共に唱えられた。

この日のローマは不安定な空模様となったが、教皇による祈りの集いの行われた聖ペトロ広場は大勢の巡礼者が詰め掛けた。

祈りに先立つ説教で、教皇はこの日の福音朗読箇所、マタイ福音書23章、イエスが律法学者とファリサイ派の人々を非難するエピソード(23,1-12)を取り上げられた。

教皇は、このエピソードがエルサレム入城後のイエスの生涯最後の日々に位置づけられていることを指摘。

多くの期待に溢れると同時に、緊張をはらむこの環境の中で、イエスは律法学者とファリサイ派の人々に厳しい非難を投げ掛けながら、一方ですべての時代を生きるキリスト者たちに大切なことを命じていると話された。

「律法学者とファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい」(23,2-3)と、イエスは群集たちに話すが、それにすぐ続いて、「しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである」(23,3)と教えている。

教皇はこれについて、治世者や教会の指導者ら、権威者によくある欠点であるとし、彼らは他の人に正しい要求をするが、自分が率先して実行しないことがよくあり、いわば二重の生活をしていると語られた。

「彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本とも貸そうともしない」(23,4)とイエスが言うように、こうした態度は権威者の悪い行いであり、むしろ彼らはまず自分が率先して良い模範を見せるべきであると、話された。

「他人が正しく、かくあるべきことを実践できるよう助けるために、よい模範を示すことから権威ある者は生まれる。権威は一つの助けであるのに対し、その使い方を誤ると、圧迫的になり、人の成長を妨げ、不信と敵意の空気や、腐敗を生んでしまう」と教皇は説かれた。

また、イエスは律法学者とファリサイ派の人々の欠点について「宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む」(23, 6-7)と言っている。

これに対し、教皇はそれは人間の傲慢さへの誘惑であり、それに打ち勝つことは必ずしも容易ではないと話された。

教皇は、わたしたちはイエスの弟子として、名誉や権威的な呼び名を求めてはならず、互いの間には単純で兄弟的な態度があるべきと述べられた。

教皇は、わたしたちが兄弟たちに奉仕し、彼らの喜びを自分の喜びとするために、プライドや虚栄から逃れ、温和で、神から来る愛に従順でいられるようにと、聖母マリアの取次ぎを祈られた。

 

06/11/2017 12:09