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バチカン放送局

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いつくしみの聖年:教皇とホームレスの人々との出会い

教皇フランシスコとホームレスの人々との出会い - AP

11/11/2016 19:12

教皇フランシスコは、11月11日、ホームレスの人々と交流された。

2015年12月8日から始まった「いつくしみの特別聖年」は、来る11月20日の閉幕を控え、大詰めを迎えている。

20日にバチカンの聖ペトロ大聖堂の「聖なる扉」が閉じられることに先立ち、13日には、ローマの3つの教皇直属バジリカ、ラテランの聖ヨハネ大聖堂、聖マリア大聖堂、城壁外の聖パウロ大聖堂の聖年の扉がそれぞれ閉じられる。

いつくしみの聖年終了を前に、バチカンで11月11日から13日まで、「疎外された人々の聖年」が祝われる。この行事では、ホームレスの人々や貧しい人々など社会で弱い立場に置かれた人たちが、ボランティアの人々と共に、教皇との出会い、ローマ巡礼、祈り、教皇ミサなどに参加する。

11日、バチカンのパウロ6世ホールには、貧しい人々の支援を目的とする組織「フラテッロ(兄弟)」が主催した、いつくしみの聖年を機会としたローマ巡礼に招かれたホームレスの人々が集った。

「フラテッロ」は、2014年、教皇フランシスコとフランスの150人のホームレスの人々との出会いをきっかけに、同国の教会関係者が中心となって結成した組織で、ヨーロッパ各国の多くの支援グループと協力し、路上生活をおくる人や極めて不安定で困窮した状況の人々に寄添い、手を差し伸べている。

この出会いでは、ホームレスの代表の人々が自分たちの経験や思いを述べ、教皇はその言葉にじっと耳を傾けられた。

教皇は原稿を用いることなく、率直かつ熱心に参加者らに語りかけられた。

「貧しさは福音の中心です。福音とは何かが足りないと感じ、天を仰ぎ、夢を見る人たちのものです。すべてを持っている人は夢見ることはできません。」

「貧しい人々はイエスのところに行きました。彼らは癒されたい、解放されたい、助けてもらたいと夢見て、イエスの後を追い、そしてイエスは彼らを自由の身とされました。」

教皇はこのように話し、「屋根のある家に住んでいる人たち、食べ物や薬に不自由していない人たち、満足を知らない人たち、わたしたちすべてに、皆さんのいるところから、福音の中心から、夢を見るとはどういうことかを教えてください」と願われた。

また、教皇はホームレスの代表者が語った「人生を素晴らしいものにする」という言葉に感銘を表され、最悪の状況の中で人生に素晴らしさを見出すことができるのは、「尊厳」そのものであると話された。

悲しく苦しい時も、人生の素晴らしさを感じることができるのは、尊厳のある人にだけにできることと教皇は述べつつ、イエスもまた貧しさの中に生まれ育ったが、福音の言葉と同じ尊厳を持っていたと指摘。

「貧しくはあっても、支配され、搾取され、隷属することに、ノーと唱えましょう」「福音の中心には貧しさがあり、その貧しさは生きるべきものです。しかし、福音には生きるべき隷属はありません。福音は解放されるためのものなのです」と呼びかけられた。

教皇はこの出会いで感銘を受けたもう一つの言葉として、「自分より貧しい人がいる」という、代表者の言葉を挙げられた。

自分の貧しさより、他人の貧しさ、困難さに気付くことができる、これもまた「尊厳」であると教皇は強調。

自分より苦しむ人に連帯し、助け合うという力は、貧しさが教えてくれるものだが、多くの豊かさを持つ時、すべてを持っていることに慣れすぎて、貧しい人に連帯することを忘れてしまうと話された。

教皇は、「助け合うという模範を教えてくれたことに感謝します。どうか世界に連帯を教えてください」と参加者らに呼びかけられた。

さらに、教皇はホームレスの代表の人が語った「心の平和」と、世界平和に対する願いにも大きな感嘆を示された。

平和という問題について考えながら、教皇は「最も大きい貧しさ、それは戦争です。それは破壊する貧しさです」「キリスト者にとって平和とは、一つの星から、一つの疎外された家族から始まりました。神はご自分の子ら一人ひとりに平和を望んでおられます。皆さんは、それぞれの立場から、平和をつくり出す人となることができます」と励まされた。

教皇はホームレスの人々に、「聖書の中心である貧しさを、読み取ることができないキリスト者たち」「貧しい人に出会うと背を向けてしまう、わたしたちすべてのキリスト者たち」のために、深く赦しを願われた。

 

 

 

 

 

11/11/2016 19:12