2016-09-21 18:47:00

「赦し、与え、御父のようにいつくしみ深く」教皇一般謁見


教皇フランシスコは、バチカンで9月21日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中のカテケーシス(教会の教えの解説)で、教皇は「あなたがたの父がいつくしみ深いように、あなたがたもいつくしみ深い者となりなさい」(ルカ6, 36)というイエスの言葉を取り上げられた。

「御父のようにいつくしみ深く」というイエスのこの教えは、現在開催中の「いつくしみの特別聖年」のテーマでもある。教皇はこの言葉を、一時的なスローガンではなく、「一生の課題」として信者らに示された。

では「いつくしみ深い者」になるにはどうしたらよいのかと問う教皇は、そのためには、イエスご自身が教えられたように、「赦す」(ルカ6, 37)、そして「与える」(同6,38)ことが必要であると話された。

いつくしみは、特に「赦し」において表現されると述べた教皇は、「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される」(同6,38)というイエスの言葉を引用。

イエスは人間の法の秩序を覆すことを意図しないが、兄弟的関係を築くには、人を裁き、決め付けることをやめるようにと弟子たちに教えていると説明された。

赦しの中にわたしたちを最初に愛された神の愛の無償性を見ることができる、と教皇は指摘。それゆえに、赦しはキリスト教共同体の生活を支える基礎となっていると話された。

また、わたしたちの誰一人、人生の中で神の赦しを必要としなかった人はいないと教皇は述べ、わたしたちは赦されたがゆえに、赦さなくてはならないと説かれた。

過ちを犯した兄弟を罪に定めることは正しくない、それは罪を認めたくないからではなく、人を罪に定めることが兄弟愛の絆を壊し、ご自分の子を一人も諦めない神のいつくしみを軽んじることになるからであると教皇は述べられた。

いつくしみ深くあるために必要なこととして、教皇はさらに「与える」ことの大切さを強調。

「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。…あなたがたは、自分の量る秤で量り返されるからである」というイエスの教えを示された。

いつくしみの愛こそが唯一のたどるべき道と話す教皇は、「いつくしみと赦しによって、心は愛のうちに広げられるが、エゴイズムや怒りは、心を小さく、石のように硬くしてしまう。石の心を選ぶか、愛にあふれた心を選ぶか。愛にあふれた心を選ぶならば、皆さんはいつくしみ深い者となれるでしょう」と話された。

 








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