2015-08-17 17:35:00

聖母の被昇天:教皇「マリアの偉大さはその信仰に」、天津の爆発事故犠牲者のために祈る


教皇フランシスコは、カトリック教会の典礼暦で「聖母の被昇天」を祝った8月15日、バチカンで正午の祈りを巡礼者と共に唱えられた。

「聖母の被昇天」の大祝日は、神の恵みによってその存在の最初の瞬間から原罪をまぬがれたマリアが、地上の生活を終えた後、原罪の結果たる死の腐敗をまぬがれ、肉体も霊魂も天に上げられたことを記念するもの。

集いの説教で教皇は、地上における生活を終え、肉体も霊魂も共に天に、すなわち永遠の命の栄光に上げられ、神との完全な交わりのうちにある聖母の姿を観想された。

この日の福音朗読箇所(ルカ1,39-56)、イエスを聖霊によって受胎したマリアが、やはり身ごもっている親戚のエリザベトを訪問するエピソードを教皇は引用。

「今から後、いつの世の人も、わたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから」と、マリアが自分の身に実現しつつある偉大なことを意識しつつ、その喜びを「マニフィカト」(マリアの賛歌)として表す場面を示された。

マリアの偉大さと、幸いな者であることの理由は、マリアの信仰にあると述べた教皇は、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」(ルカ1,45)と、聖霊に満たされて言ったエリザベトの言葉を指摘。

信仰はマリアの全生涯の中心であり、マリアは偉大な信じる人であった。権力者たちや富める者の横暴に満ちた歴史において、ご自分の子ら、身分の低い者、貧しい者を決して見捨てることなく、権力者を座から引き降ろし、思い上がる者を打ち散らす、憐れみに満ちた神へのマリアの強い信仰を、「マニフィカト」の中に読み取るように招かれた教皇は、「これがわたしたちの母の信仰、これがマリアの信仰です」と強調された。

この集いで教皇は、中国・天津の爆発事故による多くの犠牲者・負傷者らに心を向けられた。教皇は命を失った人々、この事故に苦しむすべての人々のために神の慰めを、救助に当たる人々に神の支えを祈られた。








All the contents on this site are copyrighted ©.